日本ミステリ界に新本格ブームを
巻き起こした名作ミステリ。
『十角館の殺人』
(綾辻行人)1987年
¥810
知ってはいたが
今まで読まなかった作品。
俺が昔、
海外ミステリばっか読んでた時は
日本のミステリを敬遠してたけど
一応評判は知っていた。
今回は叙述トリックを中心に
日本のミステリを漁っていこうとしたら
この作品を避けては通れないということで
改めて綾辻作品に触れることに。
「新装改訂版がいい」との
噂を聞いたので
新品を買って読了。
その感想です。
あらすじ
「人は神にはなれない」
これから行う殺人の全容を書いた紙を
壜につめ、海に流すひとりの男の姿から
この物語ははじまる。
3月下旬。
大分県J崎を離れ
十角形の奇妙な形をした館が建つ
角島を訪れた大学のミステリ研究会メンバー。
彼らは古典ミステリ作家にちなんだあだ名で
お互いを呼びあっていた。
エラリイ、カー、ポウ、ルルウ、
アガサ、オルツィ、ヴァンの7人。
角島には半年前に全焼した青屋敷があり
十角館を建築した中村青司は
そこで四重殺人に巻き込まれて
焼死したという。
犯人と思われる庭師の行方と
夫人の消えた左手首・・・
ミステリ好きの彼らが興味を示すには
うってつけの事件だ。
一方、本土でも異変が起こっていた。
島に行かなかった元ミステリ研究会員の
江南(かわみなみ)孝明のところに
「お前たちが殺した
中村千織は私の娘だった」
と中村青司からの手紙が届く。
死者からの手紙を不審に思い
青司の弟・中村紅次郎を訪ね
そこに居合わせた島田潔と出会う。
角島に着いた2日目の朝。
何者かが置いた7枚のプレートを目にする。
「第一の被害者」「第二の被害者」
「探偵」「殺人犯人」・・・
誰かのイタズラと
その時は考えていたのだが・・・
江南はミステリ研究会の
守須(もりす)恭一を加えて
島田と3人で半年前の
四重殺人を調べるうち
死んだと思われた中村青司が
生きている可能性もあると気付く。
角島の3日目
第一の悲劇が起こる。
オルツィの部屋の前に
「第一の被害者」のプレート。
医学部のポウが中に入り
オルツィが絞殺されていることを告げる。
左の手首が切り取られていたのは
青屋敷の四重殺人に見立てたのか?
続けて起こる第二の殺人。
コーヒーを飲んだカーが
突然苦しみ出し死亡する。
無作為に取ったコーヒーの中に
亜ヒ酸の入ったものがあり
死に至らしめたのだ。
コーヒーカップに目印らしきものはなく
狙われたのはカーではない可能性もあり
疑心暗鬼になるメンバー。
はたして
半年前に死亡した中村青司は
生きていて
彼らに復讐をしているのか。
それとも
このメンバーの中に
冷酷な殺人犯人が
潜んでいるのだろうか・・・
解説
角島を訪れた
大学のミステリ研究会メンバー7人が
次々と殺され、
本土に残ったメンバーには
死者からの手紙が届く。
島と本土でそれぞれ犯人を捜す、
孤島のクローズドサークルものの
本格ミステリー。
この作品は綾辻行人のデビュー作。
物語終盤で
ミステリ史上に残る
大どんでん返しが待っている。
新装改訂版ではその衝撃を増すために
「あの1行」をページをめくって
すぐの位置にもってきている。
今読むなら
新装改訂版をおすすめしたい。
不意打ちをくらって
あまりの衝撃に
打ちのめされるだろう。
「イニシエーション・ラブ」の
ラスト2行目が読んだ後に
じわじわ来る系なら
「十角館の殺人」のあの1行は
読んだ瞬間に
全ての事実が繋がって真相がわかる系。
やられた!そういうことか!
と納得するでしょう。
この作品の趣向がアガサ・クリスティの
「そして誰もいなくなった」であるのは
間違いないですが
海外の古典ミステリを読んでいる人ほど
作者の仕掛けにはまりやすい。
俺は「そして誰もいなくなった」の犯人や
コナン・ドイルやモーリス・ルブランなど
海外のミステリー好きなので
まんまと騙されました。
欠点としては……
●犯人とある重要人物の関係が隠されていて
ほぼ手掛かりがないこと。
●動機にしても
レイプされたとかなら恨みもあるだろうが
逆恨みもいいところ。
●あと手首って
そう簡単に切れるものなの?
●実験室から毒薬を
簡単に持ち出しすぎ。
●青酸って少量なら死なないはず。
ペロッてコナン君も舐めるくらいだし。
(実際には麻薬で、
青酸カリを舐めるのはコラのようです)
口紅に青酸を塗りつけて
致死量の毒を与えるには
かなり無理があるかなぁ。
匂いで気づくだろうし
飲みこまなければいけないから
食べたり飲んだりが必要では?
俺の感想
クリスティの『そして誰もいなくなった』を
先に読んでおくと
良い感じに騙されます。
白と黒が反転する
本物のどんでん返しを
味わいたいなら
間違いなく読んでいなければ
いけない作品でしょうね。
粗さもある作品ですが
デビュー作の勢いみたいなものは
すごく伝わるし
「あの1行」のために
すべてを懸けてるなって感じました。
★★★★★ 犯人の意外性
★★☆☆☆ 犯行トリック
★★★★☆ 物語の面白さ
★★★☆☆ 伏線の巧妙さ
★★★★★ どんでん返し
笑える度 -
ホラー度 △
エッチ度 -
泣ける度 -
総合評価(10点満点)
9点
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※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。
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●ネタバレ結末
〇被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
@オルツィ ---●ヴァン ---憎悪【絞殺:ナイロン紐】
Aカー ---●ヴァン ---憎悪【毒殺:亜砒酸】
Bルルウ ---●ヴァン ---憎悪・口封じ【撲殺:石】
Cアガサ ---●ヴァン ---憎悪【毒殺:青酸口紅】
Dポウ ---●ヴァン ---憎悪【毒殺:青酸】
Eエラリイ ---●ヴァン ---憎悪【焼死:火災】
結末
十角館は全焼し、
エラリイが全員を殺して
自殺したかに見えた。
しかし、
最後に生き残ったヴァンは
守須だった。
守須が本土と島を行き来して
アリバイを作りながら全員を殺した。
自分の罪を告白した手紙を
瓶に詰めて海に投げたが、
それが戻ってきて
彼は島田に全ての罪を告白する。
●あの一行で世界が反転する
この作品は叙述トリックの金字塔。
たった一行の記述で
全ての意味が繋がって
鮮やかに真相が開ける。
それがこれだ。
“「江南君にも、研究会に入っていた時分にはあったんですかな、同じようなカタカナの呼び名が」
「ええ、まあ」
「何といったんです」
「恥ずかしながら、ドイルです。コナン・ドイル」
「ほほう。大家の名ですな。守須君はじゃあ、モーリス・ルブランあたりですか」
警部は調子に乗って尋ねた。
守須はわずかに眉を動かしながら、「いいえ」と呟いた。それから、口許にふっと寂しげな微笑を浮かべたかと思うと、やや目を伏せ気味にして声を落とした。
「ヴァン・ダインです」”(401〜402ページ)
この瞬間、
あっ!となった読者も多いはず。
ポイントのひとつは、
孤島にいる7人と同一人物が
島の外にいるはずがないという
思いこみを利用していること。
だいたいニックネームで
呼び合うことからして
怪しいのだが、
この本が出た1987年には
叙述トリックが一般に
認知されていなかったことも大きい。
ゴムボートで犯人が
島に上陸している形跡があっても
「中村青司が生きている」説が
邪魔をして守須に結びつきにくい。
すぐ近くの猫島なら
ゴムボートで行けそうだが、
本土までというのは
無理だろうという思いこみもある。
もうひとつが、
守須という名前から
ミステリ好きは
モーリス・ルブランを
連想してしまうことだ。
これは
コナン・ドイルの江南という
対になる人物がいるために
一言も言われていないのに、
守須=モーリスだと錯覚させられる。
ミステリ好きだからこそ
引っ掛かる罠だろう。
●全員の本名まとめ
エラリイ 松浦純也(21)
アガサ 岩崎杳子(21)
ポウ 山崎善史(22)
カー 鈴木哲郎(21)
ルルウ 東 一 (20)
オルツィ 大野由美(20)
ヴァン 守須恭一(21)
ドイル 江南孝明(21)
●『そして誰もいなくなった』を下敷き
閉鎖された環境で次々と
人が殺されていくタイプの小説を
クローズド・サークルという。
その中でも
孤島にとり残されて
外界と連絡もとれない状況下で
犯人に襲われるミステリーを
「孤島もの」といい、
その典型的な代表作が
アガサ・クリスティーの
『そして誰もいなくなった』
俺はこの作品を知っているために
序盤である勘違いをしてしまった。
オルツィが生きていると思ったのだ。
連続殺人の中で
犯人が一度死んだと
思わせるパターンは多い。
「バールストン・ギャンビット(先攻法)」という。
(これを作中で
守須が指摘しているのが面白い)
オルツィの場合、
絞殺されて顔がはれて
見られたものじゃなかった。
・・・とポウだけが言って
誰にも見せずに部屋を封鎖した。
つまりポウしか
オルツィの死を見ていない。
ポウはオルツィと
幼馴染だったという情報から
オルツィがポウに協力させて
仲良しだった千織のかたきを
討とうとしているのだと思った。
オルツィの切られた手首も
ポウしか見ていない。
カーも手首を切られているが
他の人の目に触れたのは
こちらだけなのも怪しかった。
結局は
作者の掌の上で
踊らされていたのですね。
●ヴァンを守須だと見抜けるか?
唯一の手掛かりは
煙草の銘柄「セブンスター」
守須の初登場シーンから。
“O市駅前の目抜き通りを抜けた、湊に近い一角。<巽ハイツ>という独身向けワンルームマンションの、五階の一室である。
手紙を元通り封筒の中にしまうと、守須は軽く頭を振りながら、テーブルのセブンスターに手を伸ばした。
ここしばらく、煙草を吸って美味いと思ったことはまったくなかった。だが、ニコチンに対する欲求だけはどうしても消えない。”(108ページ)
そしてヴァンもセブンスターを吸う。
“「あ、ありがとう」
カップを受け取ると、ヴァンは吸いかけのセブンスターを灰皿に置いて、手を暖めるようにその十角形を包み込んだ。”(218ページ)
二人とも煙草を良く吸うが
他にも煙草を吸う人物が多いため
とてもわかりにくい。
(ちなみにエラリイはセーラム、
ポウはラーク)
さらにいえば、
江南もセブンスターを吸っている。
(168ページ)
一応ミスリードなのだろうか?
他にはこれといった
手掛かりが見つからない。
ヴァンは自ら脱水症状になり
風邪を装ったが
本土で江南や島田と会った際には
そんな体調悪そうな様子は
一切なかった。
プレートをレタリングする技術から
絵心がある人物が怪しいと
エラリイが推理(鋭い)。
守須も絵心があるのに
真っ先にオルツィが疑われた。
その後で
エラリイ、ポウ、ヴァンにも
多少の絵心はあると言い直している
(130ページ)
優秀なミスリードとして、
アガサの死体発見時の
リアルな驚き方が
彼が犯人ではないと
思わされるのもポイント。
(第九章 309ページ)
決定的に見抜ける伏線は
なかったように思う。
守須と中村千織との関係も
全く出ていない。
●その他の補足情報
有名な話であるが補足。
この作品の
メイントリックの発案者は
京大推理小説研究会に所属し
後に妻となる
小野不由美さん。
第29回江戸川乱歩賞に
応募して落選した際は
『追悼の島』というタイトルであった。
小野不由美は図案にも加わっている。
ペンネームの発案者は島田荘司氏。
作中の登場人物、
島田潔は島田氏の名前と
探偵・御手洗潔から由来。
オルツィの大野由美は
綾辻行人氏の奥さんの
小野不由美さんの名前が元ネタ。
エラリイの松浦純也は
法月綸太郎さんの本名・山田純也から。
カーの鈴木哲郎は
我孫子武丸さんの本名・鈴木哲から。
千織は我孫子武丸さんの奥さんの名前から。
角島の所有者として
巽昌章氏が登場している。
新装改訂版の表紙は
漫画家の喜国雅彦氏が担当している。