【桃李不言 下自成蹊】
桃李(とうり)もの言(い)わざれど
下(した)自(おのず)から
蹊(けい)を成(な)す
意味・・・桃やスモモは何も言わないが
花や実を慕って人が多く集まるので
その下には自然に道が出来る
徳望のある人の許へは
人が自然に集まることの例え
桃(モモ)
「チュンソク」
呼ばれ 向かった執務室で
言い出し難そうに
大護軍の言葉が詰まる
「・・・イムジャが」
チュンソクの心の臓が ドキリとする
「医仙様に何か?」
医仙様絡みの案件は
大護軍は冷静ではいられなくなる
「いや・・・
そうではなく
お前の屋敷に行きたいと言って居るのだが」
「医仙様が我が屋敷にですか?」
「ああ
それで 奥方の都合を聞いてみてくれ」
「大護軍
差し支えが無ければ
訪問の理由を教えて頂けませんか」
「上巳(じょうし)の節句※の
祝いを届けたいと言っている」
※旧暦3月の最初の巳の日に
春を寿ぎ
無病息災を願う厄祓い行事
日本では 雛祭り
旧暦の3月3日は
桃の花が咲く季節であることから
桃の節句とも言われる
「チャンヒの祝い・・・ですか?」
「ああ
誕生の祝いも 一歳の祝い(トルチャンチ)も
出来なかったと」
「大護軍 その二つの祝いとも
過分な品を頂戴致しました」
チェ家の女中頭ヨンヒが全て手配して
主チェ・ヨンの名で届けていた
「イムジャはユンシク殿とジウォン殿の
結納の席で 初めて会うた
チャンヒ殿の 目出度き時を
自分も祝いたかったと 残念がっていた」
某とユファ殿との婚儀の後
医仙様は天界へと飲み込まれ
四年の月日を経てやっとお戻りになられた
「それで今回の上巳(じょうし)の節句は
どうしても祝いたいと言ってな」
「左様ですか」
「ああ
そして これを切っ掛けに
ユファ殿と友になりたいと言っている」
「医仙様がユファと友になって下さると
仰って居られるのですか?」
「ユファ殿の 都合を聞いてみてくれ」
夫 二人は
夫人達が友になり 笑い合っている姿を想像して
思わず頭をブルリと振った
その日は朝から気持ちの良い
麗らかな春の陽気で
ウンスはウォノンを連れ
チュホンに乗り ペ家の屋敷へと向かった
ペ家の門前で 輿の到着を待っていた下男は
目の前に止まった馬から降りた女人に驚き
「申し訳ございません
もう直ぐ此処へ 輿が参ります
屋敷への御用向きは 明日にしては頂けませんか」
「あら
別のお客様がいらっしゃるのかしら」
ウンスがウォノンに
『どうしよう?』と いう顔を向けると
ウォノンは落ち着いた声で
「チェ・ヨン夫人 ユ・ウンスが参りましたと
お取次ぎを」
下男は 驚きのあまり
馬の手綱を預かる事も忘れて
「し 失礼致しました
只今 直ぐに」
門の中へ 転がるように駆け込んで行った
「ウォノンくん
やっぱり ヨンヒさんの言う通り
輿にすれば良かったかな」
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「奥方様
初めてペ家のお屋敷に行かれるのでしたら
輿にされたら如何でしょうか」
「えっ?」
「チェ家の夫人が訪ねるとなると
彼方(あちら)様も
それなりの準備をされる筈です」
「ああ その事だったら大丈夫よ
チュンソクさんに
堅苦しい訪問じゃ無いからと
伝えてもらっているから」
ウンスはチュンソク夫人ユファと
友達になりたいと思っていた
ヨンと共に生きていく覚悟で戻った高麗で
年も近く 武官の妻という同じような境遇の女性
ユファとはこれまで二度しか会ってはいないが
その人柄に牽かれた
だけどウンスは上司の夫人だから
気軽に会ってくれそうもない
そこで
お祝いに託(かこつ)けて此方から訪ね
親しくなりたいと
ウンスは今日の日を楽しみにしていた
「ヨンヒ
イムジャは 此処高麗の理に疎いゆえ
頼んだぞ」
「旦那様 ご安心を」
馬で行かれるのは仕方が無いが
奥方様には内緒でウォノンに
ペ家への 手土産を持たせた
此処ペ家の屋敷では
朝早くから大勢の使用人が動き回っていた
「お迎えの支度は整いましたか?」
ジミンの声に
「はい 奥方様」
奥女中のイネが答える
「支度に抜かりは無いね?」
ウネの掛け声に
「「はい」」
キム家から来た五人の使用人は声を揃えた
下男の知らせに 内向きの女中が
家人へと取り次ぐ
「チェ・ヨン夫人 ユ・ウンス様が
お見えになられました」
昨日 母上から
医仙様が屋敷にお越しになると聞いた時から
チャンヒは浮き立つ思いで今日を迎えた
先日 大護軍様のお屋敷でお会いした
医仙様の美しさに 正面(まとも)に
顔も上げられずにいたチャンヒは
自分の祝いに来られると母上から伺い
「むねがドキドキしています」
昨夜からずっと興奮状態のままだ
家人ばかりでなく使用人達も
天女と見紛(みまご)う 美しさと噂の
医仙様に会えるとあって
緊張の中にも気持ちが高揚していた
門の前で立っていたウンスとウォノンに
急ぎ戻った下男が
「お待せして申し訳ございません」
震える手でウォノンから手綱を預かった
下男の後を追い掛ける様に門まで来た
ペ家 奥女中のイネが駆け寄り
「お待ち申し上げて居りました
ささ 此方へ」
頭が足に付きそうな程 腰を折り
ウンスとウォノンを屋敷へと案内する
中庭を抜け 玄関先に近づくと
出迎えの人の顔ぶれにウンスの足が止まった
『うっそ!
チュンソクさん 伝えてくれなかったの?』
予想外の光景に
ウンスは半泣きになりそうだった
チュンソクの父
ペ家 当主ペ・チュンシク
その夫人 ユン・ジミン
ユファさんと 娘チャンヒちゃん
その後ろに ペ家の抱える使用人と
キム家からも手伝いに来た使用人が
ずら〜っと並んでいた
「医仙殿
いや 大護軍チェ・ヨン夫人 ユ・ウンス殿
我が屋敷にお越し頂き光栄に存じます」
大司憲(テサホン)ペ・チュンシクの
丁寧すぎる挨拶に
眩暈がしそうになったウンスの視界に
元武閣氏副隊長ジウォンの顔が見えた
『医仙様 大丈夫です
私がついて居ります』
優しく微笑むその顔を見て
警護についてくれていた時の安心感が甦った
ジウォンさんは
ユファさんの弟のユンシクさんの許婚とは言え
婚儀前の夫になる人の
義理の兄の屋敷に顔を出すのは
気詰まりで居心地も良く無いだろうに
それも私の為に来てくれたのだと思うと
ウンスはありがたくて
『よし!』と 気を持ち直し
ス〜ッと深呼吸をして
「大司憲(テサホン)様
丁寧なご挨拶 痛み入ります
突然の訪問に斯様(かよう)なお出迎え
感謝申し上げます」
見事な挨拶を返した
「お義父様 そろそろ
中に入って頂いたら如何でしょう」
ユファさんが さりげない心使いをしてくれた