今日、リビア料理のレストランで食事してたら、息子の唇がみるみる腫れだした。
息子は今でこそ、ピーナッツを筆頭にナッツ類全般と胡麻にだけ気をつけていれば外食も市販品も食べられるようになったけど、少し前までは乳製品に卵に小麦も食べられなかったから、毎日の食事作りや外食、ましてや旅行なんかは本当に本当に神経を使うし、そのための代替食や薬の準備から何からそれはそれは大変なことだった。
特に、小麦が主食の国だからそれが除去対象となると…正直思い出したくないくらい親子ともに辛い日々だった。
幼稚園入園後も毎日給食にパンやパスタ、乳製品や卵料理が出るから息子用の代替食を毎朝届けたり、遠足に参加させるときはアレルギー反応を抑える薬を先生に預けたり。
そうやって気をつけてたけど幼稚園でナッツチョコ誤食してアナフィラキシー症状が出て、Piotrが車飛ばして慌てて薬飲ませに行ったこともあったっけ。
アレルギーに対する意識は日本の方が高いから、イライラハラハラドキドキしながらここまできたな。
キッズカフェのぬいぐるみに付着していたナッツクッキーの粉末で顔に蕁麻疹が出て、そのとき薬をたまたま持って来忘れていたから、薬飲ませに大急ぎで家に帰ったこともあった。
あのときは蕁麻疹だらけの息子をベビーカーに乗せて「何で薬忘れたんだろう!何かあったら私のせいだ!」って、アレルギー反応が薬を飲ませるまでに悪化しないか心臓バクバクさせながら泣きながら家まで走ったな。
他にも日常生活を送る上で、微に入り細に入り気をつけなきゃいけないことがありすぎて、海外に嫁いだだけで大変なのに更に息子のアレルギーとの闘いが加わって、私は一時期狂い気味だった。
ピアノを続けるとか続けないとか、そんな息子の生き死にに関係ないことは吹っ飛んだ。
楽譜見てる時間あるならアレルギーの勉強しなきゃ、知識入れなきゃと思って日本のアレルギー関連の医学書やらレシピ集やら、何冊も買って読んだ。
2人目も、最初は息子と2?3歳差くらいになるようにできたらいいななんて思ってたけど、とてもじゃないけどあの頃はそんな余裕無かった。
義母は小児科医だけど、小児腎臓専門医だからアレルギーの知識がちょっと古いし対策も微妙だから「息子を守りたい一心で最新の知識を詰め込んだ私が、息子を毎日見てる中で気付いていった息子に合う対策」と、「腎臓専門とはいっても一応医学全般を学んで現役の医師をしている義母の医師としてのプライド」をかけて、大喧嘩することもしょっちゅうだった。
アレルギーに無理解な人や、人の親切心から出たせっかくの好意を、アレルギーを理由に断らなきゃいけなくて「日本から来たあの子はやたらに神経質だ」と周囲の人に距離をおかれたり、他にも大きな支障小さな支障色々あって心身ともに追い詰められすぎてたし、そんな私を支えるPiotrも疲労しきってた。
そんな私たち家族を苦しめた息子のアレルギーも成長とともにやっと寛解してきて、今は大きなケーキやミルクパンを食べる息子を笑顔で見守れるようになったし、ゆで卵は息子の大好物になった。
もちろん量には気をつけているけれど。
幼稚園にも代替食を持って行く必要はなくなった。
だから最近は少し油断していたら、久々のアレルギー反応。
メニューを頼むときにナッツ類と胡麻は使われていないことを確認したのに、店員さんがきちんと把握してなかったんだろうな。
お肉にタヒーニのソース(胡麻ペーストで作るソース)がついてた。
息子が食べた後みるみる唇が腫れだして痒がりだしたから、すぐ薬を飲ませて息子が食べていた料理を食べてみたら、あれだけ確認したのにまさかのタヒーニで思わず店員を怒鳴りつけたくなったけど、そもそもリビア料理に対する私の知識も甘かったから私のミスでもある。
ひたすら息子の唇を冷やしながら症状が治まるのを祈った。
幸い食べたのが少量だったから唇以外に症状も出なかったし、すぐ薬飲ませたから蕁麻疹も拡がらなかった。不幸中の幸い。
息子は大好きなお肉はソースのせいで食べられなかったけど、付け合わせのポテトとサラダで満足してた。泣
で、今はレストランと同じ施設内にある大きなプレイグラウンドで遊ばせてる。
息子、久々にアレルギー出てちょっと落ち込んでたから、これで気分転換になればいいな。
息子がいつか、全部の食べ物を死の危険なく食べられるようになりますように。
いや、絶対なる。大丈夫。